精神科の訪問診療における緊急対応とは、夜間や休日でもご家族からの連絡を受け、電話での指示、臨時の往診、救急や入院への振り分けを行う仕組みのことです。つまり「いつでも医師が駆けつける」というより、「まず連絡先が一本に決まっていて、そこから次の行き先を決められる」状態をつくる取り組みだとお考えください。
ご家族にとって本当につらいのは、症状そのものよりも「今、どこへ連絡すればいいのか分からない」時間かもしれません。ここでは、その順番を整理していきます。
精神科の訪問診療で言う「緊急」とは、どんな場面か
医療者が「緊急」と呼ぶ場面は、だいたい次のように分かれます。ご家庭で起きていることがどれに近いかを見分けられると、連絡先の判断がしやすくなります。
| 場面 | 例 | まず向かう先 |
|---|---|---|
| 命に関わる身体の変化 | 意識がもうろうとしている、けいれん、大量の出血、薬を大量に飲んだ | 救急要請(119番) |
| 本人や周囲の安全が保てない | 強い興奮が続き、止めに入ると危険がある | 警察・自治体の精神科救急の窓口 |
| 精神症状の悪化だが安全は保たれている | 眠れない日が続く、不安が強く落ち着かない、幻覚や妄想が強まった | 訪問診療の医療機関(電話相談・臨時往診) |
| 薬や処方に関する困りごと | 薬を飲めていない、薬が切れた、副作用らしき症状 | 訪問診療の医療機関(電話相談) |
在宅医療を担う医療機関は、こうした連絡を受けたうえで、電話での助言にとどめるか、臨時に往診するか、救急や入院の相談に切り替えるかを判断します。訪問診療が入っている場合、迷ったときの最初の一本は、まず担当の医療機関で構いません。
夜間・休日に困ったときの連絡の順番

順番はシンプルです。
1. 身体の危険があるかを先に見る。呼びかけへの反応が鈍い、呼吸がおかしい、大量に薬を飲んだ──こうしたときは精神科かどうかを考える前に救急要請です。精神疾患の治療中であることは、到着した救急隊に伝えれば大丈夫です。
2. 身体の危険がなければ、訪問診療を受けている医療機関へ。在宅療養支援診療所は、厚生労働省の施設基準で二十四時間連絡を受けられる体制をとることが求められています。当院も在宅療養支援として二十四時間・三百六十五日の体制をとり、必要と判断した場合には緊急の往診に伺います。
3. 判断に迷うときは相談窓口を使う。東京都は精神科救急医療情報センターを設け、夜間・休日の精神科の相談を受け付けています(東京都福祉局「精神科救急医療体制」)。身体の症状で救急車を呼ぶべきか迷う場合は、東京消防庁の救急相談センター(#7119)という窓口もあります。
電話をかけるときは、落ち着いて伝えられなくて当然です。「いつから」「どう変わったか」「今どうしているか」「飲んでいる薬」、この四つが伝われば、受け手は動けます。
訪問診療で対応できること、できないこと
期待と実際がずれやすいところなので、正直に整理します。
対応できるのは、往診しての診察、その場での内服の調整や処方、ご家族への対応の助言、そして入院が必要と判断したときの相談・連携です。一方で、ご本人が強く拒否している状態を力ずくで病院へ連れて行くことはできません。精神保健福祉法に基づく医療保護入院や措置入院は、指定医の診察や自治体の手続きを経て行われるもので、往診した医師ひとりの判断でその場で完結するものではないのです。
また、往診はその時間に動ける医師が一人という前提があります。他の患者さんの対応中であれば到着までに時間がかかることもあります。だからこそ、危険が差し迫っているときは救急要請が先になります。
救急車・警察・相談窓口の使い分け

ご家族から「警察を呼んでいいのでしょうか」と聞かれることがあります。ためらわれるお気持ちは、とてもよく分かります。目安としては、暴力や自傷の危険が今まさにあって、ご家族の力では安全を保てないときです。警察から自治体の精神科救急の窓口につながり、そこから診察の手配に進む流れがあります。
反対に、ご本人が部屋にこもって出てこない、会話がかみ合わない、といった状態で身体の危険が見えないときは、まず電話での相談が向いています。夜のうちに無理に動かすより、翌日の往診や受診につなげるほうが結果的に落ち着く場合もあります(状況によって判断は変わります)。
落ち着いているうちに備えておく三つのこと
緊急のときに一番効くのは、実は事前の準備です。
一枚の連絡メモ。訪問診療の医療機関の夜間連絡先、地域の精神科救急の相談先、かかりつけの病院名を、冷蔵庫など誰でも見える場所に貼っておきます。携帯の中だけだと、慌てているときに探せません。
薬の情報をまとめる。お薬手帳や処方の控えを一か所に。救急隊にも往診した医師にも、最初に聞かれる情報です。
「どうなったら、どこへ」を家族で決めておく。事前に話し合っておくと、当日の迷いが減ります。訪問診療が始まる際には、あらかじめ医師と「このときは連絡してください」という線引きを確認しておくとよいでしょう。
まだ訪問診療が始まっておらず、本人が受診を嫌がるとき
緊急を繰り返している背景に、「そもそも医療につながれていない」という事情があることは少なくありません。ご本人が受診を拒んでいる場合、ご家族だけで相談に来ていただく方法があります。
当院では、ご本人が受診を嫌がる・来られない場合に、ご家族だけの相談をお受けしています(自費13,200円・税込、ご本人が受診されていないため健康保険の適用外で全額自己負担となります)。回数は決まっておらず、一回のご相談で方向性が見える方もいれば、状況の変化に合わせて再度おいでになる方もいます。ご本人を診察していない以上、この相談だけで診断や処方を行うことはできません。それでも、状況を伺ったうえで訪問診療につなげることや、ご家族の関わり方を一緒に考えることはできます。
関連して、家庭環境の悩みと心の不調|本人が受診を嫌がるときの選択肢もご覧ください。
費用について、よく聞かれること
精神科の訪問診療は健康保険が使えます。自己負担はご加入の保険と負担割合によって変わり、夜間や休日の緊急往診では通常の訪問より負担が増える場合があります。金額の見通しは契約前に医療機関へご確認ください。
また、精神科の通院医療費の自己負担を軽くする自立支援医療(精神通院医療)という公的制度があります(障害者総合支援法に基づく制度)。対象になるかどうかは、お住まいの自治体と医療機関にご確認ください。当院の申請用診断書は5,500円(税込)です。対象範囲や費用の考え方は訪問診療の精神科を練馬区で探すとき|対象と費用の目安にまとめています。
当院の体制について
当院は東京都練馬区大泉学園町にあり、心療内科・精神科・内科と在宅医療を行っています。診療は午前9時から12時30分、午後14時30分から18時まで(水曜休診)で、土日祝・年末年始も診療しています。在宅療養支援としては二十四時間・三百六十五日の体制をとり、緊急の往診にも対応しています。ご家族だけの相談や、訪問診療を始めるかどうかのご相談も受け付けています。
緊急のときに完璧な判断をする必要はありません。身体の危険があれば救急、そうでなければ担当の医療機関へ一本。この順番だけ覚えておいていただければ十分です。